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2012年8月5日日曜日

身延山蓮のチカラ 浅川巧

身延蓮倶楽部『お』です。

今16時前ですが暑いです・・・
暑い暑いと言っても暑さが和らぐわけではないけれど
ついつい口をついて出てしまいます。

データです。
8/4 (土) 気温(22℃) 水温(25℃) 土温(25℃)
朝は寒いですね・・・秋ですね

さて、私事ですが
先日映画を観てきました

道・白磁の人

以前から観たいなぁと思っていた処
その映画の実行委員をなさった方から
あげるよと言われたのでチケットを買うこともなく
何かそのままになってしまっていたのですが

最近ミーティング中にの「そういえばU先生からチケットもらってないなぁ」
といった処、「私持ってますから差し上げます」と3枚の前売り券を頂きました。

早速調べたら山梨県では一箇所で上映しててしかも7/31まで
慌てて行きました^^

一言で言えばとてもいい映画でした

映画の出来が良かったということではなくて
浅川巧という人物が朝鮮の人と国のために生き
当時誰も見向きもしなかった白磁を見出し
柳宗悦に最も影響を与えたと言われ

また本業の林業の技術で朝鮮の山に
緑を取り戻し今では世界的に当たり前になっている
「露天埋蔵方」という技術を発見し

とにかく戦時下にもかかわらずパジ・チョゴリを着て
日本人から迫害を受けても誰よりも朝鮮民族に愛された
日本人

これは実際に皆さんに本で呼んでいただきたいので
詳細は避けますが

史実として浅川巧と兄の浅川伯教の朝鮮への功労
この二人がいなかったら今の白磁は無かったでしょう


私は浅川巧という人物に大変興味がわきました
北杜市で生まれ最後は朝鮮の土となった巧は

今でも日本人で最も朝鮮半島の人に愛され
お墓も韓国人時守られている唯一の人ということと

彼が敬虔なキリスト教信者として生き抜いたことと
日蓮宗信者としての宮沢賢治が
何かかぶってしまうのは私だけでしょうか

本の中で憲兵に何度も何度も酷い扱いを受けながらも
朝鮮の民族衣装を着続けしかも、その憲兵が高根の小学校の頃
疎開をしてきていじめられっこの同級生とわかっても
後で気づいてもそのことを明かさずただ耐え抜き

彼が葬列に遭遇した時沢山の朝鮮の人が参列している故人が
浅川巧とわかった時その憲兵は自分がいじめられていた時唯一かばって
仲良くしてくれた巧だとわかり

当時唯一仲良くしてくれた巧にしてきたことをくやみ
葬列が目の前を通過する時膝を折って
ぬかるみに突っ伏したそうです。

その後、その人は軍人をやめ敬虔なクリスチャンになったそうです。

私は、上行菩薩の行動と同じだと思いました。
何も言わずもちろん戦わずただ粛々と自分のやることを
やりぬく、驕らず阿らず戦時下にあっても
朝鮮人に受け入れられ殴られてもそれをただ受け抵抗もせず
しかし最後はその相手をも信仰に導いてしまう 。

もう一つの心を打つ話しが巧がなくなった後も妻と娘は朝鮮に残り
敗戦後抑圧されていた半島の人たちが暴徒とかし日本人を襲った
そうですが巧の家に押し入った時その家が淺川巧の家だと判ると
何もせず立ち去っとか

私はこんな日本人がいたということとどんな時も自分を生き抜く事
難しいけれど大切なことではないでしょうか。

利他の精神を貫けば自ずと結果は見えてくるんですね。
私には到底出来ませんが努力はしたいと思っています。

映画の最後に韓国の巧のお墓が出てきたり巧が植えたチョウセンアカマツが
出てきたら隣で観ていた姉が「実際にはもっと綺麗なお墓なんだよ」といっていました。

姉は何年か前原作者の方たちと巧のお墓を訪ねていたので
私なんかよりずっと感慨深く観たのでしょうね。

人を動かせるのは心と行動なんですね
人になんて言われても信じた道を邁進すること・・・

でもその道が正しくなければ何もなりませんが^^
私達も ただ身延山で蓮を育てるということ
を信じてやっていけばいいんですね^^

皆さん是非淺川巧の本呼んでみてください

同じ山梨にこんな人がいたということを知ってもらいたいです
身延山にも綱脇龍妙上人がいらっしゃいますよね
こんな時代だからこそもっと他人の為に生きられたら素敵ですよね。

足元をしっかり見つめなおすことから始めましょう。
親睦だけでは何も生み出しはしないのに・・・

誰とも戦わず傷つけず一つの目標に向かえたら素敵なんだけど・・・

映画の中で幾度と無く出てきた白磁のツボに描かれていた
素朴な蓮の華と葉がとても可憐で清楚で目に焼き付きました。
やっぱりハスはいいですね!!



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